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旧劇場版 「さすが南斗水鳥拳のレイ。みごとなものだ。」

物語

振り向きざまに体を輪切りにされたウイグル。あろうことか拳王軍を指揮する巨漢が一瞬のうちに肉の塊になり、地面に転がる。「さすが南斗水鳥拳のレイ。みごとなものだ。」冷静に闘いを見守っていた拳王は、ふと微笑をこぼす。レイは次なる本命、拳王に挑む。しかしリンが悲痛な叫びをあげでレイを止めようとした。そのただならぬ悲鳴に似た叫びを気にしつつもレイは拳王に立ち向かう。

 

補完理由

このシーンの元絵 リンの叫びが辺りに響き渡るシーンなので俯瞰からガランとした空間ばかりが目立つ、顔はおろか人物が小さく判明できない。その中でもレイが倒したばかりのウイグルはさすがに大きく、無惨な姿をさらしている。といってもどこか切り刻んだ紙のようだ。原作で見切れなかったウイグルの鞭をせっかくゆっくりしてレイの見せ場を作ったのだから、悪役としてせめてもう少しスゴミを出してやりたい。次のシーンにはきれいさっぱり片付けられているし。

 

白髪の悪魔

北斗の拳で美形キャラと言えばレイだろう。ルックスもさることながら、その南斗水鳥拳の優雅さと技のキレが大きく効いている。しかし、レイの倒した死体はなぜか紙の人形のようで実感がない。TV版ではさらにそれが目立つ。ある程度残虐描写を許した映画版でも最初の登場シーンで見せたぐらいだ。ウイグルを倒した一連シーンも紙っぽく見えるのはなぜだろうか?

一つ考えられることが、レイのスマートな鬼神のイメージにあわせ、舞い踊るように流麗な技を表現するために、あたかも紙を切るような抵抗感のない切れ味を表現したかったのではないだろうか。 その反面、殺人拳の残虐行為が美化されているように思う。 レイのキャラクターを作り上げる上で必要だと思うが、スマートすぎてやりすぎると爆裂する北斗神拳よりも実感無く敵を消去してしまう。 こういう美化はたちが悪い。

もう一つは、輪切りにされ体がバラバラになると、たちまち「人の形」でなくなる。これは描いてみてわかったことだが、斬ったという実感が案外難しい。 1枚の絵でそれをやろうとすると切られた体のパーツ一つ一つの位置関係が微妙で、はずすとただの「肉がおいてある」になり、スゴミがでない。 原作ではそれをいとも簡単にやってのけているあたりは、さすがと言うより無い。アニメになると動きがある分、できそうな気がするが、どういうわけか「紙」になっている。画力と言うより人の「認識のメカニズム」を理解しないと描けないようだ。

そう言うわけで紙切れにされてしまったウイグル。 ラオウ外伝「天の覇王」によれば、拳王に見いだされ、「オレの生き様を残すまで、乱世に伝説を作るまで、くたばってたまるか!」と5だびの処刑に耐えた肉体も 旧映画版では悪役のかたぎでレイにすら倒されてしまっている。 これで果たして生き様を残せただろうか。 ケンシロウにとどめを刺されても一瞬息を吹き返し起きあがった男である。 胴体を切断されても首を落とされていなければ、意識が薄れる中、拳を握りしめ、なお数十秒闘志を見せたに違いない。

 

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