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千条鞭、乱舞

物語

ウイグル獄長は不敵にもケンシロウのために用意した墓穴を掘らせていた。ここまで来てもウイグルは牢固たる自信のほどを見せる。「その墓は大きめに作ってあるのか?」のケンシロウの問いも何のことか察知できない。「ではできるだけ小さく折りたたんでやろう」だめ押しの皮肉にもピンとこない。「その墓にはいるのは、お前だ」。ようやく余裕綽々のウイグルも一瞬に憤怒、無数の鞭が宙を舞い、ケンシロウに泰山流千条鞭を繰り出す。

補完理由

このシーンの元絵 劇場版で一番気に入っているカット(一番上)。角がないと寂しいので書き足した。このカットは補完する必要もないのだが、お気に入りゆえに描いてしまった。しかしテレビ版はやはり  

気の利いた死に方

前哨戦から、さんざんケンシロウに煽られて、自信過剰なウイグルもようやく本腰を入れ闘いが始まる。 「できるだけ小さく・・・・・・・」は、尊大な自信を崩し去り、巨体が砕け散るシーンを読者に期待させる死の宣告だ。 巨漢のウイグルには気の利いた皮肉である。 北斗の拳の前半に言えることだが、いかにケンシロウの怒りを極限まで引き出すような状況を作り出し、敵を惨殺する動気付けとさせるかが闘いのスジであり、結末として壮絶な肉体破壊のダイナミズムを読者も期待するのある。 要は、惨殺してもいい凶悪な敵が強大であればあるほど満足度が上がる「仕組み」だ。前半物語のキーとなるトキを得るためには当然、巨大な敵が用意される。逆に敵が弱ければトキの評価も下がってしまう。そこで登場させたのがウイグルだ。 収監された鬼達をウジムシの如く踏みつぶし、自らの強さを誇示するために挑戦者を待ちわびる・・・・相手として不足はあるまい。

そのため悪役はまた、運命づけられた死を自ら壮絶に演出しなければならない。 当初優位の強大な敵がいかに劇的に失墜するかである。 まず初めはウイグルに対する「恐怖」だ。 ウイグルは囚人達に恐怖を植え付けるため、囚人達の命を賭けに使うのだが、ケンシロウの登場で部下達も彼をみかぎり、逆に賭けの対象にされてしまう。 次にウイグルの誇る強靱な「巨躯とパワー」を徹底的に失墜させられる。 一度は成功した力業の奥義 蒙古覇極道はたった指6本で破られ、 さらに自ら用意させたケンシロウ用の墓穴に巨体を小さく折りたたまれるなどは、不死身の肉体を鼻にかけてきたウイグルには到底受け入れられる辱めではないだろう。そのため敗色が決定的になり焦りと恐怖を感じても、絶対にそれを認めようとせず、自らの誇りのため、命あらん限り立ち向かう闘志、使命を全うする最期は、やられるためだけにいるザコキャラとして最大の「見せ場」である。

ところで、千条鞭がヘルメットにどのように格納されているか?しばしば問題にされるが、歌舞伎の蜘蛛の糸のように小さく折り込まれて、あるいは紙テープのようにスパイラルに巻かれていて投げるときに巻きが締めあがり縄状になることも考えられなくはないが、まともに考えたらそれは無理である。 所詮、これは北斗の拳である。漢のロマンの前には、物理法則など無力に等しい。 そもそもあれは原作の武論尊が指示したものではなく、原哲夫のアイデアらしい。 武論尊はそのアイデアに舌を丸めたという逸話が残っている。

−追記−

テレビ版の作画をかなり酷評してきたこのサイトだが、このシーン(映画版)はかなり気に入っていると書いた。 実はこのシーンは羽山淳一氏が作画監督(助監督?)をされたことが分かり驚いた。 氏と言えば、北斗の拳2に登場する赤鯱という獄長似のキャラを作画された方なので良く憶えている。 この赤鯱、海賊頭領で豪気にして体力強靱だが、過去に影がありなかなか涙を誘うイイキャラで、オヤジの渋さ全開に描ききってあった。 この人にテレビシリーズを描いてもらえば獄長もギャグキャラにならずに済んだだろうと口惜しい思いをした覚えがある。 さらにDVDBOXの中ジャケに登場する勇姿誇るウイグル獄長も、氏が描かれていたことが分かり、いてもたってもいられず相互リンクをお願いした次第。

 

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